新型コロナウイルスをめぐる法律問題(第3回:やむを得ず従業員に辞めてもらう際のチェックポイント)

こんにちは。

新潟県三条市のひめさゆり法律事務所です。

 

当事務所でも「いま私たちにできること」として

新型コロナウイルスをめぐる法律問題に関するブログを書いています。

第1回:従業員の休業

第2回:休業補償支払の要否

 

第3回目は、コロナウイルスによる経営状態の悪化を理由に、やむを得ず従業員に会社から辞めてもらう際に気を付けたい法律問題をお伝えいたします。

目次

 

退職の種類は3種類

 

(1) 自主退社

 

(2) 退職勧奨

 ・退職勧奨とは?

 ・退職勧奨を行う前に決めておくこと

 ・違法・無効な退職勧奨

 ・必ず作ろう退職合意書

 

(3) 解雇

 ・解雇は会社による一方通行の行為です

 ・解雇予告手当を支払えば解雇できる?

 ・無効な解雇とは?

 ・整理解雇の4要件

 

おわりに

 

 

退職の経緯は3種類

従業員が会社を辞めることになる経緯は、次の3つに分けることができます。

 

 (1)従業員自らが「会社を辞めます」と先に会社に伝える(自主退社)

 (2)会社が従業員に「自主的に辞めてほしい」と伝え、従業員がそれに応じる(退職勧奨)

 (3)会社が従業員を一方的に辞めさせる(解雇)

 

このうち (1) 自主退社と (2) 退職勧奨は、従業員の方から先に辞めたいという話があったのか、それとも会社の方が先に退社を持ちかけるのかという違いがありますが、従業員の意思・同意に基づく退社という意味で、同じカテゴリーに含まれます。

もう1つの (3) 解雇は、従業員の意思や同意の有無にかかわらず、会社が一方的に雇用関係を打ち切る行為です。

 

(1)自主退社

従業員自らが「会社を辞めます」と先に会社に伝える自主退社の場合、辞めること自体の有効性に関する法律問題は、基本的にはありません。

ただし、従業員は、自主的に退社した後であったとしても、会社に対して、未払残業代の請求をすることができます。退職に伴い未払残業代の請求権が消滅することにはなりません。

また、最終的に従業員自らが「会社を辞めます」と言ったとしても、その前に会社から退職の打診や働きかけがあった場合には「①自主退社」ではなく「➁退職勧奨」となりますので、次の内容をご覧ください。

 

(2)退職勧奨

退職勧奨とは?

経営状態の悪化や従業員の勤務成績が不良であるなど、何らかの理由で辞めてもらいたい従業員がいる場合、会社としては、後々の紛争の種を減らすため、いきなり解雇をするのではなく、その前に退職勧奨を検討するケースが多いです。

 

「勧奨」とあるとおり、退職勧奨は、あくまでも従業員に退職を勧めるだけの手続です。

したがって、会社からの退職勧奨に対して従業員が「働き続けたい」と回答した場合には、雇用関係は継続します。

会社は退社することを継続的に説得することはできます。一方で、従業員も、その説得に対して最後まで「働き続けたい」と回答することができます。

 

退職勧奨を行う前に決めておくこと

退職勧奨を実施する前に、会社は、次のようなことを検討し、決めておく必要があります。

 1. 退職勧奨の話をする役割を誰にするのか(例:直属の上司、人事部門の責任者、役員、社長)

 2. 退職勧奨の話をする場所・時間帯をどうするのか

 3. 従業員が退職勧奨を受け入れてくれるように何かしらのインセンティブ(例:特別退職金の支払)を提案するのか

 4. インセンティブを提案するとして、その内容・金額はどうするのか

 5. インセンティブの提案は、最初からするのか。それとも、従業員が「働き続けたい」と回答した後に初めて提案するのか

 6. インセンティブを提案しても従業員がなお「働き続けたい」と回答した場合、インセンティブの上乗せをするのか

 7. インセンティブの上乗せをするとして、どの程度まで予算を取れるのか(上限額をどうするのか)

 8. どうしても退職勧奨を受け入れない従業員に対して、どのような対応をとるのか(解雇するのか、それとも働き続けることを容認するのか)

 

違法・無効な退職勧奨

退職勧奨に応じる・応じないは、あくまでも従業員の自由です。

そのため、退職勧奨の話をする際に、従業員に対して

「退職勧奨を受け入れないとクビにするから」

  や

「家に帰って考えることは認めない。今、この場ですぐに返事をしないとダメ」

と伝えたような場合には、従業員が自由に意思決定できなくなってしまうので、その人が「退職勧奨を応じます」と回答したとしても、違法・無効な退職勧奨に該当する可能性があります。

 

このような場合、一旦は「退職を受け入れる」との回答をした従業員が後日、会社に対して

「違法・無効な退職勧奨だったから、これからも働くことができます」

  や

「違法・無効な退職勧奨により精神的苦痛を被ったので、慰謝料を払ってください」

と、弁護士を通じて問題提起してきたり、裁判所に申し立てたりする可能性があります。

 

必ず作ろう退職合意書

退職勧奨に伴う退職の際に会社と従業員の間で退職合意書を作成することが法的に義務付けられているわけではありません。

 

しかし、後々のトラブルを防止するため、必ず作成するようにしてください。

会社の視点で言いますと、退職後に従業員から一切の請求を受けないよう、たとえば次のような条項を退職合意書に入れておく必要があります。

 

第〇条:請求権の放棄

本従業員は、本会社に対し、本退職合意書に定めるものを除き、名目を問わず、また、民事責任及び刑事責任を問わず、一切の請求権を放棄する。

第〇条:清算条項

本会社及び本従業員は、本会社と本従業員との間には、本退職合意書に定めるもののほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

 

(3)解雇

解雇は会社による一方通行の行為です

(1) 自主退社や (2) 退職勧奨に基づく退社と異なり、解雇は、従業員の意思にかかわらず、会社が一方的に雇用関係を終了させる行為です。

従業員の同意は不要です。

 

したがって、会社の方から「辞めてもらった従業員に解雇同意書を送ったけど返ってきません。どうしたらよいでしょうか」という事後的な相談を(たまに)受けるのですが、法的な意味での「解雇同意書」というものは存在しません。

(とはいえ、実質は退職勧奨に伴う「退職合意書」を作成することを意図していたものの、書面のタイトルが「解雇合意書」になっているということはあるのでしょうが)

 

解雇予告手当を支払えば解雇できる?

会社の方から「30日分の解雇予告手当をちゃんと支払いさえすれば、解雇できますよね?」というご質問を受けることも(それなりに)あります。

 

解雇するためには、基本的には、30日前までの解雇予告をするか、予告の代わりに最低30日分の平均賃金を支払う必要があります。

しかし、30日前までの解雇予告をちゃんと行ったからといって、また、解雇予告の代わりに最低30日分の平均賃金をちゃんと支払ったからといって、それが常に有効な解雇とは限りません。

 

解雇は、会社が一方的に雇用関係を終了させるという強い効果を持つ手続ですので、解雇が有効と認められるためのハードルは一般的には高いです。

 

無効な解雇とは?

解雇された従業員は、裁判所に対して、解雇が無効と主張して、復職を求める手続(労働審判や裁判等)を申し立てることができます。

 

裁判所が「今回の解雇には合理的な理由がなく無効」との判決を言い渡した場合、従業員は、会社の意思にかかわらず、復職することができます。

また、会社は、解雇無効の判決を受けた従業員に対し、解雇以降から裁判所による判断までの期間の賃金相当額(バックペイ)も支払う必要があります。

たとえば、2020年4月1日に解雇したものの、2021年3月31日に裁判所が解雇無効の判決を言い渡した場合、会社は、従業員の復職に加え、その従業員の1年間分の賃金相当額も支払う必要があります。

 

繰り返しになりますが、解雇予告手当を払ったからといって、解雇が常に有効になるとは限りません

 

整理解雇の4要件

会社が、不況や経営不振などの理由により、人員削減のために行う解雇を「整理解雇」といいます。

 

いくらコロナウイルスの影響により会社が経営不振に陥ったとしても、会社による従業員の解雇が常に有効とは限りません。

整理解雇された従業員が解雇の無効を主張して裁判所で争った場合、裁判所は、次の4つの要素を総合的に考慮して、解雇の有効・無効を判断することになります

厚労省ウェブサイト:労働契約の終了に関するルール

 

 ①人員削減の必要性

 人員削減措置の実施が不況、経営不振などによる企業経営上の十分な必要性に基づいていること

 

 ②解雇回避の努力

 配置転換、希望退職者の募集など他の手段によって解雇回避のために努力したこと

 

 ③人選の合理性

 整理解雇の対象者を決める基準が客観的、合理的で、その運用も公正であること

 

 ④解雇手続の妥当性

 労働組合または従業員に対して、解雇の必要性とその時期、規模・方法について納得を得るために説明を行うこと

 

おわりに

コロナウイルスによる経営難の状況下であるとしても、社員に辞めてもらう際には、法律上の検討をあらかじめ十分に行い、必要な手続を踏む必要があります。

それを怠ってしまいますと、社員からの解雇無効などの主張を受けてしまい、従業員側弁護士への対応や裁判所手続への対応も必要になります。

会社は、対応しなければならないトラブルの種を1つでも減らすよう、社員に辞めてもらうことを検討するに際しては、必ず事前に、弁護士等の専門家と相談してください。

 

(おことわり)本稿は、ご参考のための一般的な見解として、作成時の情報・知見等に基づき作成しております。個別具体的な問題につきましては、弁護士等の専門家にご相談ください(当事務所お問い合わせフォーム